大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和55年(行ツ)47号 判決

東京都新宿区四谷一丁目八番地

上告人

新光建設株式会社

右代表者代表取締役

伊藤順市

右訴訟代理人弁護士

源光信

奈良道博

東京都新宿区三栄町二四番地

被上告人

四谷税務署長 榊成美

右指定代理人

鈴木実

右当事者間の東京高等裁判所昭和五三年(行コ)第四八号法人税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が昭和五五年一月二三日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人源光信、同奈良道博の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 本山享 裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 中村治朗 裁判官 谷口正孝)

(昭和五五年(行ツ)第四七号 上告人 新光建設株式会社)

上告代理人源光信、同奈良道博の上告理由

原判決の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな採証法則、経験法則違背あるいは理由不備がある。

一、原判決は本件金六三一〇万円は宅地造成費用ではなく、本件土地売買残代金であるとした第一審判決を肯定し、上告人の控訴を棄却した。

しかしながら、本件金六三一〇万円は本件土地の宅地造成費用であって、売買残代金ではないのである。本件の発端は、太平住宅が本件金六三一〇万円を真実に反し、本件土地売買の残代金であるかの如く経理処理したことに起因し、その後の多くの書証が右経理処理に添って作成されているので、原判決はその現象面の証拠及び本件取引には何ら関与していない太平住宅の経理担当者にすぎない西田為厚の証言を採用し、本件事案の真相を全くみていない。

二、(一) 上告人及び太平住宅間の本件土地についての昭和四七年四月二二日付土地売買契約書(甲第一号証)第一条によれば、本件土地を合計金二四三一〇万円で売渡すが如き記載がなされている。

(二) しかしながら、本件土地の売買代金は金一八〇〇〇万円であり、金八〇〇〇万円を同年四月二二日、金一億円を同年五月二〇日それぞれ上告人は太平住宅から受領しており、残余の金六三一〇万円は土地売買代金ではなく、本件土地の宅地造成費用である。

(三)(イ) このことは右契約書の特約条項として「本件土地の残代金六三一〇万円は昭和四七年一〇月三一日までに売主に於て宅地造成工事を完成し、検査済後、本物件引渡の時とする」と明示されていることからも判明する。

即ち売主たる上告人において宅地造成工事を完成することが明示されているのである。もし、本件金六三一〇万円がいわゆる通常の売買残代金と同一の趣旨とすれば、右金六三一〇万円以外別途に宅地造成費の約定がない本件では、宅地造成費は、一体いくらかかり、誰が負担することになるのだろうか。而して、宅地造成工事を完成することが売主の義務とされている場合、その費用額及び費用負担者についての約定がないということは、現実の取引においてはありえないことである。

原判決の肯定する一審判決は、法律家が作成したものではない甲第一号証一一条の「残代金」との表現にこだわりすぎ、物事の本質を見失っている。

(ロ) 右金二四三一〇万円の計算の根拠ないし内訳は、宅地造成後の有効面積である一八七〇坪(甲第一号証末尾参照)を基準とし、土地代坪当り一〇万円とし、これが金一八七〇〇万円となり、宅地造成費坪当り金三万円とし、これが金五六一〇万円となるところ、土地代の端数金七〇〇万円を宅地造成費の方に乗せ、土地代金をいわゆるきまりのよい数字の金一八〇〇〇万とし(又金七〇〇万円の支払期日を先にする利益は、太平住宅側にある。何如ならば、上告人に契約を履行させる担保にもなるし、その間の金利もかせげるからである。更に、いわゆるきまりのよい数字にするということは、取引の実際や我々の日常生活でよく経験するところであって、決して不自然なことではない)、宅地造成費を金六三一〇万円としたのである。

(ハ) この事実は、第一審証人三上公平の証言調書末尾(一六七〇坪とある部分は一八七〇坪の誤記である)及び第一審、原審における上告会社代表取締役の尋問の結果で明白である。原判決及び一審判決は、第一審における証人西田為厚の証言を重視しているが、同証人は本件土地の売買契約に立会ったり、関与した事実はなく、甲第一号証の一一条についての説明さえもうけていないのであり(同証人調書一八枚~二〇枚参照)、又、上告人が勝訴すれば、太平住宅の経理担当者として、同社が既になした経理処理の変更を迫られ(第一審判決事実摘示第四の二の2-六丁裏参照)、失点をする立場の人である。他方第一審証人三上公平は、本件取引当時太平住宅の取締役土地部長であった人で、かつ本取引の直接責任者であり、証言時において現に太平住宅に勤務していた人である。したがって西田証人よりも本件取引の実体を知っているということができ、その証言は、西田証言よりもはるかに信用できる、と解するのが常識に合致する。

(ニ) しかるに、原判決は西田証言を重視し、上告人と太平住宅間において、売買代金とは別に、六三一〇万円を宅地造成費に計上することの合意ができたとまでは認められない、と認定する(原判決四枚目)誤りをおかしているのである。

(四) なお、太平住宅は本件土地を宅地造成の上、分譲住宅として販売する目的で買受けたものであり、右宅地造成は上告人が請負った。

三、(一) 而して、上告人は建設業者であり宅地造成工事もなしうるところ、上告人が本件土地の宅地造成を完成させるためには、次の如き事前審査及び許可等が必要である。

(1) 開発行為事前審査願を本件土地の所在地である鎌倉市長に提出し、これが事前審査を受け

(2) ついで神奈川県知事による開発行為の許可を受けなければならない。そして(1)の事前審査に合格しない限り、(2)の許可を受けることができないのが実務の運用である。

(3) 宅地造成完了後は、神奈川県知事の検査を受け、工事検査済証の交付を受ける。

(二) 上告人は太平住宅との本件土地売買契約の成立を見込んで昭和四七年三月鎌倉市長に対し、本件土地の開発行為事前審査願を提出したが(甲第二号証)、一戸建住宅としては道路勾配に欠陥がある旨指摘され、結局昭和四八年夏に至って、右事前審査をパスすることができないことが確実となり、ひいて前項(2)の神奈川県知事の許可を得ることができなかった(この事は甲第一〇号証からも判明する)。

(三) したがって、上告人としては本件土地を宅地造成の上、買主である太平住宅に対して引渡すという債務を履行することができなかった。

四、(一) そこで、太平住宅としては宅地造成ができないのであれば本件土地を上告人から買入れた目的を達することができないので、両者話合いの上、昭和四八年八月一六日上告人が太平住宅から本件土地を第二項(二)の金一八〇〇〇万円に、当初の売買契約日の翌日からの金利及び太平住宅が要した諸経費の合計金二三〇〇万円を加算した金額である金二〇三〇〇万円で買戻す契約(契約書上の表示は土地売買契約書となっていたが、以下買戻契約という)が成立し、双方が契約書に記名押印し、八月一六日上告人は太平住宅に対し、手附金二〇〇〇万円を支払った(甲第三号証の一、二この金二、〇〇〇万円が八月一六日上告人から太平住宅に支払われたことは当事者間で争いがない。何らの原因関係がなくて金二、〇〇〇万円という大金が支払われることはあり得なく、八月一六日売買契約が成立し、その手附金として支払われたものである)。

(二) なお、昭和四七年四月二二日付土地売買契約書には、違約金の約定はなされていないが、前項の金二三〇〇万円は実質上は一種の損害賠償金である。

(三) 以上の点は原審で提出された太平住宅の昭和四八年七月二七日付禀議書によれば、本件土地の宅地造成ができないこと、それによる本件土地の上告人に対する売渡価格として次の如き計算がなされている。

(1) 昭和四七年四月二二日の金八〇、〇二〇、〇〇〇円(金二万円は太平住宅が本件頭書の契約書に貼用した印紙代)及びこれに対する金利。

(2) 昭和四七年五月二〇日の金一億円及びこれに対する金利。

(3) 昭和四七年六月三〇日の金七、二八七、六六〇円(太平住宅が訴外谷分に支払った手数料であるが、現実には八七、六六〇円の端数が切り捨てになっている、乙第一五号証、なお、現実取引においては、力関係等により、端数の切り上げ、切り捨てがよく行なわれていることは常識である)及びこれに対する金利。

(四)(イ) 右の通り、金六三一〇万円の宅地造成費相当額については、売渡価格として何ら念頭にはなく、勿論算入もされていないのである。

上告人と太平住宅との買戻しの話し合いのときは売却金額以外の右禀議書表示の如き売却条件はなかったのであるが(上告人代表者本人尋問の結果)、かりに売却条件が付されていたとしても、この条件と金六三一〇万とは何ら関係がない。右禀議書では利息と経費の合計が金二一五〇万円とされているが、取引の実際は金二三〇〇万円として合意されている。

(ロ) この点につき原判決は甲第一〇号証は太平住宅の内部における本件土地売戻しの検討過程上の資料にすぎず、当審における控訴会社代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、これに記載されている売却条件が、太平住宅と上告人との間の売戻契約の内容となったものでないことが認められる(原判決四枚目表と裏)と判示している。

(ハ) しかし、昭和四八年七月二七日の時点では太平住宅が金六三一〇万円につき、上告人に対する売戻し価格として何ら念頭になかったことだけは確実である。

そして、昭和四八年八月一六日の売戻契約の金額には、まさにこの金六三一〇万円は算入されていなかったのである(第一審三上証言、上告人会社代表者本人尋問の結果)。しかるに、第五、六項に述べる如く、太平住宅の経理処理の要請に上告人が応じたところに、事案の真相を誤認する要素があったのである。

(五) ここで一審判決の指摘する乙第一五号証に触れれば、本件土地の売買代金は金一八〇〇〇万円であるから、手数料はその三パーセントの金五四〇万円でよい訳であるが、金二四三一〇万円の三パーセントが支払われているのは、取引の実際では工事費も含めた額の手数料が支払われることがあるので、太平住宅もその例によったと思われるが、とにかく、本件仲介人と太平住宅の特殊事情から金七〇〇万円の手数料が支払われていることは間違いない。

五、ところで、太平住宅の帳簿には、本件土地の仕入代金として

(1) 金一八〇〇〇万円と

(2) 宅地造成費に相当する金六三一〇万円(但し未払金勘定に計上、乙第一〇号証)

の合計金二四三一〇万円が記帳されていたので、太平住宅としては同社の右経理処理を変更しないで買戻の件を処理したいとの強い要請が同社より上告人に対してなされた。

六、(一) 当時上告人は太平住宅と取引があり、同社は上告人の優良な得意先であったので、深く考えることもなく、右要請を受け入れ、上告人が真実に買戻した二週間後である昭和四八年八月三〇日、金二〇三〇〇万円に太平住宅において未払金勘定に計上されていた宅地造成費相当額である金六三一〇万円を加算し、契約書上の形式として買戻金額を金二六六一〇万円と表示し(甲第四号証)、金六三一〇万円を一旦太平住宅が上告人に支払い、上告人はこれを買戻金額に上乗せすることによって、太平住宅の経理処理の便宜を計ったものである。

(二) 昭和四八年八月三〇日付の土地売買契約書が作成されたことによって、昭和四八年八月一六日付の土地売買契約書及び領収証等は破りすて(これらを破りすてたところにも事案の真相を誤認させる要素があった)、なお、太平住宅は八月一六日受取った金二〇〇〇万円の手附金を八月三〇日受領した如き領収証を発行して、これを上告人に交付した(甲第三号証の二によれば八月一六日金二、〇〇〇万円が支払われている)。

(三) そして、上告人は太平住宅に対し、昭和四八年一〇月一一日金一億円を支払い、同月三一日訴外東京商銀信用組合本店振出の額面金一四六一〇万円の小切手一通をもって支払い、同日(三一日)太平住宅から銀行振出の額面金六三一〇万円の小切手一通を受領し(乙第一二号証)、右小切手はいずれも決済された。

なお、昭和四八年一〇月三一日上告人が太平住宅に金六三一〇万円を支払い、同日太平住宅から上告人が金六三一〇万円を受取る、という形式をみても、右金員の授受は太平住宅の要請によるものであることが明らかである。

(四) 右金一四六一〇万円の内訳は

(1) 六三一〇万円 宅地造成費相当額

(2) 八三〇〇万円 買戻代金の一部

であり、これに上告人が太平住宅に対して支払った

(3) 昭和四八年八月一六日支払いの金二〇〇〇万円

(4) 同年一〇月一一日支払の金一億円

を加算すれば合計金二六六一〇万円となり、昭和四八年八月三〇日付の土地売買契約書表示の金額と符号するのである。

七、(一) 上告人が被上告人に対し、昭和四八年五月二日提出した昭和四七年三月一日から同四八年二月二八日までの事業年度(第九期)の確定申告書添付の決算報告書冒頭の、当年度営業概況書の一部に次の如き記載がなされている(甲第五号証の一、二)。

(二) 昭和四七年四月二二日付の契約書で太平住宅に売り渡した本件土地につき、金二四三一〇万円は宅地造成に要する工事費及び諸掛費用を土地価格に合算した売買の予定価格である。

(三) 一審判決は乙第三号証及び第四号証の二によれば、仕入が金二六六一〇万円となっており、又期末在庫も同金額で計上されていると指摘しているが、これは上告人が太平住宅の経理処理に合致させた後の昭和四九年五月二日に申告したことによるものであるから、これをもって買戻価格延いては頭初の売買価格を認定することはできない。

八、(一) ところで、金六三一〇万円の処理をめぐって、後日上告人及び太平住宅間に或る種の工作がなされたり、金六三一〇万円の簿外預金等がなされたりした事実があり、或いは右事実が審査請求の判断及び第一審判決、原判決に影響したのかもしれないので、一言したい。

(二) 上告人及び太平住宅間には、本件土地について次の如き二つの変更契約書が作成されている。

(1) 昭和四七年一一月一日付変更契約書の概要は、上告人において本件土地を宅地造成の上引渡すことが履行不能となったため、昭和四七年四月二二日付の契約書の売買代金額を金一八〇〇〇万円に変更せるというものである(甲第七号証)

(2) 昭和四八年一一月一日付変更契約書は昭和四八年八月三〇日付の売買契約書の売買代金額を金二〇三〇〇万円に変更するというものである。(甲第八号証)

(三) 右二通の変更契約書は、変更前の二通の原契約書が上告人及び太平住宅間の本件土地の売買及び買戻契約の実体を表示していないので、少しでも実体に合致すべく、後日作成されたものであるが、真実は変更契約を要するものではなかった。

(四) また上告人は昭和四八年一〇月三一日太平住宅から金六三一〇万円を受取り、これを東京商銀信用組合に預金したが、いわゆる税務調査の際は、本件土地の宅地造成費用として訴外大日技建株式会社に対し金六三一〇万円を支払ったことに仮装し、金六三一〇万円は受領したが、これは既に右大日技建に支払ったので、差引はゼロである旨申し立てた(乙第七、八号証)

(五) その上入念にも、本件土地の草苅りなどして宅地造成したかの如く装ったが、宅地造成をしていないことは、昭和五一年九月一〇日撮影の本件土地の写真からも容易に判明する(甲第九号証又甲第一〇号証も参照)。

九、以上のとおり、昭和四七年四月二二日付の上告人と太平住宅間の本件土地売買の売買代金は金一八〇〇〇万円であるのに、これを金二四三一〇万円と判断した原判決は、採証法則、経験法則違背あるいは理由不備があり、これが判決に影響を及ぼすことは明白であるから、原判決は破棄さるべきである。

以上

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